 |
| |
●dracomの上演は、思いつきと勢いでつくられていると考えられがちだが、
実は様々な事象や歴史や思想が極めて丁寧に編みこまれたタペストリーのような作品である、
ということをいくら言っても疑ってやまない人のために、創作過程におけるメモを公開する
ページ。 |
|
| 2007/12/24(月) さて来年のことで、鬼笑う |
なるほど。 Prefuse 73の声のエディットのことを、 ヴォーカル・チョップというのか。
手法はともかく、 手法の名前がかっこいい。
|
|
どうも危険な演出に手を出しているような気がしてきて、 実に怖い。
パフォーマーの理解や集中力に揺れが生じると、 ずいぶんと手抜きな演出に見えてしまう。 逆に、自分も含め、 全員が一つの方向に向かうことができれば、 とても豊かな趣深い時間を創出することができる。
たとえば、 「役者はダメだけど、ストーリーで見れた」とか、 「なんだかよくわからないけど、俳優が芸達者でたのしかった」 ということがあり得ない。
いやぁ、怖い怖い。
|
|
仮に、 感情を奏でる身体があれば、と。
同じ曲でも指揮者が違えば タクトを振る動きも違ってきてあたりまえ。
日常のしぐさをもっと個人に返してみてはどうだろう。
|
|
「ボディーランゲージ」は 文字通り体でことばをあらわす行為。
演奏する身体が気になる。
|
|
セリフを覚えるということは、 ある種の技術とされている場合がある。
「よく覚えたねぇ」と。
大事なことはそういうことじゃない。
|
|
演劇、劇場、身体、音、光、 疑いだすときりがない。 どこを信じるか、ということか。
いや、誰も疑わなかったことを疑うというだけで、 表現になるのではないだろうか?
|
|
近所の公園には、 なんらかのエピソードがある。 で、それを思い出してみる。 強く思い出してみる。
視覚も聴覚も、フルに活用してみる。 できるだけ、文字で整理されていないものを。
|
|
9月の公演は公園が舞台。 自分のものがたりに ドップリ浸かってるひとたちで いっぱいだから。
|
|
追い込まれるほどに、 くだらないことは思いついてしまう。
当然だ。 稽古が始まってからずっと シリアスに物事を考えてきたのだ。 まとまりつつあるときには、 それを崩してしまいたくなる欲望が芽生える。
しかし、 それがバランスとして良いのか悪いのか、 冷静に判断し、 苦渋の決断もしなければならない。
それにしても、ダンスは怖い。
|
|
まだまだやらなければならないことがたくさんある。 しかし、 「大垣公演よりいいものを!」 という強迫観念は消えた。
開き直りではなく、 また違った印象というものが 徐々に生まれてきたからだ。
しかし、みんなの演技がまだ彷徨っている。 か、あるいは、 彷徨っていることにも気がついていないでいる。
|
|
|